この記事の位置づけ
終章のなかで、自己肯定感という、はかりに乗せにくい話を書く回です。ダイエットや美容の記事では、数字や手順が中心になりがちです。それでも僕の実感として、毎日を支えているのは気分の起伏のほうが大きい、という側面があります。
ここで言う自己肯定感は、偉そうな言葉にしなくてもよくて、「今日の自分を、どれだけ責めずに過ごせたか」に近いイメージです。見えないからこそ、あとから振り返るときわどいところで上下していることに気づきます。
数字は2026年3月時点の目安で、開始時は体重82kg前後・体脂肪27%前後、いまは体重73kg前後・体脂肪24%前後の帯です。日々変動するので、ここは帯として読んでください。
※終章のなかで、自己肯定感という、はかりに乗せにくい話を書く回です。このあたりの詳細は、次の記事にまとめています。
「痩せた?」が効くときと、効きすぎるとき。自己肯定感の上下を正直に書く
上がる瞬間は、だいたい「小さくて具体的」だった
いちばん手堅かったのは、記録を閉じたときの手応えです。あすけんで一日を入力して、脂質で叱られつつも、自分のなかで決めた枠に収まったと感じられた日は、妙に夜が楽でした。カロリーそのものより、「言い訳せずに一日を終えた」という感覚が、自己肯定感に直結していた気がします。
体重計も同じで、毎朝トイレのあとに乗る習慣にしてから、週単位で帯が下がった週は気分が軽くなりました。逆に言えば、毎日の数字は上下するので、一発勝負のように読むとすぐしんどくなる、という教訓もセットでした。
服は、試着の失敗談も多いです。ユニクロの無地パーカーで胸回りが強調されて落ち込んだこともあります。それでも、ジャケットを羽織った状態と、単品だけの状態を分けて見るようになってからは、「今日はこれで誤魔化せる」が増えました。自己肯定感というより防衛に近いですが、落ち込み幅は確かに小さくなりました。
周囲の一言は、個人差が大きいので慎重に書きます。僕の場合、体重を82kgと言うと驚かれる場面が何度かありました。周りから見える「がっちり」と、自分のなかの「太っている実感」がズレているとき、笑って流すふりをしながら悔しさが残る、というパターンがありました。反対に、減ってきたあとに「痩せた?」と言われた日は、素直に嬉しかったです。ただしこれは相手のマナーやその日のコンディションに左右されるので、生活の中心に置くと危ない、とも感じています。
下がる瞬間は、だいたい「比較」か「睡眠」か「停滞」だった
下がり方は派手ではなく、じわっと沈むタイプが多かったです。体重が動かない週は、頭では「塩分・睡眠・便通」に戻せと分かっていても、心の側が先に焦ることがありました。記録を続けているほど、数字に説得される部分と、数字に縛られる部分が同居します。
睡眠は、飲み過ぎた夜の失敗談がはっきり残っています。呼吸が早くなって寝づらく、翌日は一日ぼんやりした。SOXAI Ringでスコアが落ちるのを見て、「体が勝手に壊れた」ではなく「前日の過ごし方の結果」として受け止め直した、というより、単に怖くなった、のほうが近いです。こういう日の翌朝は、鏡を見る前から自己肯定感が低いまま始まりがちでした。
比較は、SNSというより過去の自分との比較でも起きます。写真や記録を遡ると、「あのときよりマシ」もあれば、「あのときのほうがラクだった」もあります。理想像が「中性的で綺麗」寄りなので、体重だけでは測れない不満が残ると、減ったはずなのに満たされない感じが出ます。これは失敗というより、目標の形が複数あることの副作用だと思っています。
※これは失敗というより、目標の形が複数あることの副作用だと思っています。このあたりの詳細は、次の記事にまとめています。
次の目標は、体重維持か、もう一段階か。73kg帯を踏まえて、いまの迷いを整理する
美容と土台のほうも、気分に静かに効いてくる
脱毛を始める前は、がっちり体型のままクリニックの待合に座るのが恥ずかしくて、正直かなり逃げたくなりました。それでも初回を終えたあと、肌の赤みを冷やしながら、「ここまで来た」という気持ちが、奇妙な意味で背中を押しました。痛みは個人差が大きいので一般化しませんが、怖いことを先に済ませた日は、自己肯定感というより「自分でも一歩進めた」に近い高揚があった気がします。
足まわりも、扁平足気味だった時期は、歩いたあとの太ももや土踏まずの疲れが続くと、身体のせいで一日が終わる感じがありました。歩き方をいじり、靴を替え、ストレッチを絞り込んでからは、同じ距離でも心の余裕が違う日が増えました。数字にはしにくいですが、足が重い日は頭も重い、という相関だけは自分の中でははっきりしています。
スキンケアは、洗顔だけの時代より鏡の前の時間が長くなりました。これを自愛と言い切るのは気恥ずかしいですが、少なくとも毛穴やテカりを見て即ダメ出しする日は減った印象があります。肌の変化は個人差が大きく、医学的な説明はできません。あくまで僕の体感です。
※スキンケアは、洗顔だけの時代より鏡の前の時間が長くなりました。このあたりの詳細は、次の記事にまとめています。
「男が美容なんて」という頭の中の言い訳を、どう手放し始めたか
「見えない」からこそ、ログが効いた
自己肯定感は、原則として第三者検証ができません。だからこそ、僕は睡眠スコア、体重の推移、あすけんの入力、脱毛の回数、スキンケアの習慣みたいに、外から見える足場を増やすほうが合っていました。足場があると、落ち込んだ日でも「今日ダメでも、週では守れている」に戻れます。
整体に通い始めてからは、肩こりの話だけで終わらず、普段の姿勢の癖を言語化してもらえたのが大きかったです。癖は数値化しづらいので、自己肯定感の波とは別箱に置きがちですが、実際には首の位置が変わると一日の機嫌が変わるみたいな、地味な連動があります。
ただしログは万能ではなく、ログにない不安(見た目の細部、他者の視線の解釈、仕事の疲れ)は残ります。ここを全部数値化しようとすると、かえってしんどくなるので、ログは守りの道具として割り切るのが自分には合いました。
※だからこそ、僕は睡眠スコア、体重の推移、あすけんの入力、脱毛の回数、スキンケアの習慣みたいに、外から見える足場を増やすほうが合っていました。このあたりの詳細は、次の記事にまとめています。
よく聞かれる(と想像している)質問に、いまのログで答える。脱毛・食事・足・睡眠まで
いまの付き合い方(断定ではなく、運用のメモ)
自己肯定感を上げるコツ、のような一般論は書きません。僕のメモとしては次の三つです。
一つ目は、称賛を毎日の中心に据えないこと。嬉しい言葉は助けになりますが、出どころが不安定です。二つ目は、睡眠と酒の距離を、学びとして残すこと。三つ目は、停滞した週は派手な修正より地味な要因に戻すこと。これは過去に自分が試して、相対的にラクだった順です。
最後に、これは個人の記録です。同じ体験が誰にでも起きるとは限りません。効果や再現性を約束するつもりはありません。ただ、見えないものほど、言語化しておくと翌日が少し楽になる、という感覚だけは共有したいです。
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このブログでは、食事・足元・脱毛や肌など同じ軸の記事を横断して読めるようにしています。


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