平均を割り算する前に、自分の頭の中の時速を決めた
事実ログでは、2025年10月末の開始から2026年3月時点で、体重はおおむね82kg前後から73kg前後の帯へ下がり、開始からおおむね9kg弱くらいの変化と書いています。カレンダーで割れば、月あたりの数字は人によって計算の仕方が違います。僕はそこをいちいち競技にしないことにしました。毎月きれいに1kgずつ落ちたわけではないのは、停滞の記事でも書いたとおりです。それでも、生活の設計をするときに、自分の心のなかで「月に1kgくらい落ちなくてもいい」「そのくらいの気長さなら続けられる」という目安の置き方を選んだのは、かなり大きかったと思っています。
急激に落とす話は、動画やSNSに転がっています。僕も見ます。見たあとで一番危ないのは、他人の生活をそのまま自分のカレンダーに貼り付けることです。身長170cmで元バスケ部、がっちり寄りの体型から、中性的な見え方に寄せたい、という自分の条件は、誰かのビフォーアフターと一致しません。だから僕は、比較対象を遠くに置きすぎないために、頭の中のペースをわざと地味にしました。
※毎月きれいに1kgずつ落ちたわけではないのは、停滞の記事でも書いたとおりです。このあたりの詳細は、次の記事にまとめています。
82kgから78kgのあたりで、はじめて味わった停滞。針が止まった週の心の動きを正直に書く
毎日の体重は速さを語らない
毎朝、トイレのあとに体重計に乗る習慣は続けています。Wi‑Fiで記録が残るようにしたのも、点を欠かさないためです。点が揃うと、週単位で平坦な帯が見えます。21番や22番の記事で書いたように、塩分・睡眠・便通の重なりで、針が同じ場所をさまよう週もありました。その週に「遅い」「失敗だ」と感じると、食事の記録すら開きたくなくなります。
速さを語るのに向いているのは、体重計の画面だけではありません。歩数、睡眠スコア、野菜の量、外食の回数。僕にとって月1kgくらいのイメージは、毎日0.03kg落ちる計算みたいな精密さではなく、平坦な週があっても、月で振り返ったときに「まだ生活は破綻していない」という幅を確保するためのものに近いです。
※毎朝、トイレのあとに体重計に乗る習慣は続けています。このあたりの詳細は、次の記事にまとめています。
毎朝体重計に乗る習慣と、Wi‑Fi連携で「記録し忘れ」が減った話
グラフは「平均の顔」を作るが、体感は階段みたいになる
手元の記録を折れ線にすると、下がっている区間と、横ばいの区間が交互に出ます。きれいな直線にはなりません。平均の傾きだけ抜き出すと、自分より速い人と比べたくなります。僕はそこで比較をやめきれないタイプなので、平均の話は週末にだけすると決めました。平日の朝は、今日の点が昨日と同じでも、記録を閉じるまでの流れは守る。それだけに絞ると、速さに関する自己評価が少し静かになります。
公開用に、体重と体脂肪の推移を、傾きの違いが分かるように複数区間で載せます。同じ生活設計でも、画面の縮尺を変えると「速い週」と「平坦な週」が別物のように見えます。



週末のごほうびのあと、翌日の食欲が荒れやすい日がある
週末に味噌ラーメンへ歩いて行く、というメリハリは続けています。往復で歩く時間も含めて、平日の緊張をほどく意味は大きいです。一方で、エピソード棚のメモにもあるように、翌日は食欲が増して我慢が大変な日があります。腸の調子が変わることもあったので、店の評価や医学的な因果には踏み込みません。僕がここで言いたいのは、速い週と遅い週が交互に来るとき、頭の中の目安が急すぎると「翌日が悪い=失敗」と短絡しやすい、ということです。月1kgくらいのイメージは、そうした波を許容するための余白にもなりました。平均の話は週末だけ、と決めたのは、ラーメンの翌朝に自分を詰めすぎないためでもあります。
※一方で、エピソード棚のメモにもあるように、翌日は食欲が増して我慢が大変な日があります。このあたりの詳細は、次の記事にまとめています。
睡眠スコアが低い朝は、食欲の言い訳が増える。SOXAIリングのログと向き合った話
速さを上げるより、戻らない生活の幅を優先した
2000kcal前後の目安、noshと冷凍野菜のセット、週末のラーメンでメリハリ、あすけんで脂質に注意されつつたんぱく質を守る。これは派手な加速装置ではありません。僕が月1kgくらいのイメージに寄せたのは、この幅を維持できる速さがいちばん現実的だと感じたからです。一時的にもっと落ちる週があっても、翌週に食事が崩壊するなら、自分には合わない。元の食生活に戻る恐怖は、ダイエット開始前のエピソードにも残っています。
速さを追うと、記録が敵に見える瞬間が増えます。守れた日が偉い、破った日がダメ、という二値化は、停滞の週に強くなります。僕は速さではなく、戻らない線を優先する言い方に変えました。線は太くなくていい。途切れなければいい。
※2000kcal前後の目安、noshと冷凍野菜のセット、週末のラーメンでメリハリ、あすけんで脂質に注意されつつたんぱく質を守る。このあたりの詳細は、次の記事にまとめています。
元バスケ部のくせでタンパク質ばかり増やしたくなる日。目標を「わざと抑えた」話
周りの目と数字のズレも、ペース感に効く
82kgの頃、体重を言うと驚かれた、というメモを残しています。見た目はがっちり側で、数字ほど太って見えない、という環境もありました。減っていく途中でも、自分の鏡の評価と、他者の一言は一致しない日があります。「痩せた?」はうれしいこともあれば、照れることもあります。他者の一言と気分の関係は、また別の角度で整理したいテーマですが、速さの話と自己評価の話は別レーンだと分けないと、ペースが乱れます。数字が動いていない週に褒められると空しい。動いている週に誰も気づかないとさみしい。そんな揺れは普通に起きます。
だから僕は、月1kgくらいのイメージを、他人の反応とは切り離して置きました。速さは自分の生活設計の話。反応は社交の話。混ぜると、食事の記録が感情のログになってしまいます。
あすけんの注意表示が増える週も、速さの審判にしない
脂質でアプリに注意される日が続くと、頭では分かっていても気分は沈みます。停滞の週と重なると、「減らないのに叱られる」感じが強くなります。ここで速さを審判にすると、記録そのものがしんどくなります。僕は、注意表示を生活の修正サインとして見る練習をしました。脂質が跳ねやすかった菓子パンや揚げ物の癖は、エピソード棚にも残しています。コンビニでたんぱく質を補うルートを持っていたのは、速さのためというより、翌日も同じ幅で食べられるようにするためでした。オイコスやサラダチキン、プロテインドリンクは、当時の自分の現実解です。商品を勧める話ではなく、生活の導線の話です。
まとめ:正しい速度はないが、続く速度はある
医学的に最適な減量速度を、僕は家で断定しません。機器もアプリも、医療の代替ではありません。書いているのは、自分の生活で試したときの体感です。トータルではおおむね9kg弱の変化が出た一方で、週ごとの景色は平坦と下降の繰り返しでした。そのなかで、頭の中の目安を急がない方に寄せたことは、記録を続ける摩擦を減らす方向に働いたと感じています。
読者の生活や体調、仕事の忙しさは人それぞれです。月1kgが正解でも、もっとゆっくりが正解でもありません。僕にとって大事だったのは、比較の速さではなく、翌日も同じ幅でいられるかを見ることでした。
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